「もうすぐハロウィンだねえ」
「そうだな」


 ……かぼちゃのクッキー 五枚入り・10月限定……


 明が奥の厨房から出してきたのは、ハロウィンシーズン限定のケーキだ。かぼちゃのババロアに、絞り出したかぼちゃのクリームでかぼちゃを模った「ポティロン」は、毎日売れる人気商品でもある。
「クッキーはまだあるか?」
「今日は平日だし、大丈夫そう。ひいふうみ……週末には焼かないとかな」
「モールドチョコは……動きが微妙だな。ここ数日暑いからな……」

 アンブロシアでは、クッキーやマドレーヌの小さな袋入りギフトも用意している。ハロウィンの子供用お菓子として人気なのだが、特にかぼちゃのクッキーが数枚入った袋はここ数日、飛ぶように売れていく。ハロウィン当日に十数袋という予約も入っていて、明は上機嫌だ。

「今年は俺もハロウィンしよっかなー。お菓子もらいに行くの!」
「あの元の姿で行くのか?白峰のところにでも行くつもりか」
「ううん、魔界に帰って、魔王にトリックオアトリートする。アバドンの口の中にびっくり箱仕掛けるとかどうかなあ!」
「やめておけ。仕掛ける前におまえごと食べられるのがオチだ」

 真っ黒な巨大な球体にぱかぱか開く口がついた悪魔を思い出しながら、明は制止した。御影は大人ではあるが、悪魔としての姿は子供のように小さい。成体ではあるが、もともと身体の小さな種族だ。直径1メートル以上の球体にかかれば、一口で呑み込まれるだろう。
「う……それやだなぁ……。俺、間違えて食べられかけたことあるんだよね……」
「……よく無事だったな」

 そんな会話をしながらショーケースの中を整理していると、ふいにエントランスのドアが開いた。
 ……しかし、入ってくる客は誰も、いない。

 ぴたん!

 ショーケースになにかが叩き付けられる音がして、よく見ると小さな手形がついている。
「ひーっ!超ホラー!」
「楓、見えてないぞ。それはさすがに怖い」

 明がショーケースの向こうを覗き込みながら声を掛けると、すっ、と和服姿の少女が現れた。

「みかげくん、あきちゃん」
 楓が小さな身体を懸命に背伸びしてこちらを覗き込んでいる。姿こそは愛らしいが、楓は数百年を生きる、由緒正しき座敷童だ。アンブロシアの常連の老婦人宅に居候していて、老婦人についてよくやってくる。
 ひとりで来ることはあまりないが(なにせ座敷童だ、家につく神が外出するのも変な話である)、ひとりのときは明たちにすら姿が感知できないことが多いのだ。神ともなると、天使や悪魔の上を行くらしい。

「どうした、今日はおつかいか?」
 子供好きな明がショーケースの前にまわってしゃがみこむ。楓は「ううん」とだけ言って、明を上から下へしげしげと眺めている。
「どったの?明ならいつもどおり怖い顔の痩せマッチョだよ」
「昼食はいらないようだな、御影」
「すいませんごめんなさいごはんたべたいです」
 ショーケース越しに身を乗り出す御影のこともまじまじと見て、楓はしきりに首を傾げている。
「どうした、なにか気になるのか?」
「はろうぃんのおようふく……どんなのを着ればいいのかなって思って……本屋さんに行ってきたの」
「本屋?」
 昨年楓が着ていたのは、般若の面と白装束だった。御影と明は、あんまりだとは思ったが突っ込めないまま終わった。どうやら、和装ではないほうがいいと気付いたらしい。

「本屋さんのれいじくんは物知りだから……でもれいじくんいなくて、パンダちゃんが教えてくれたの」
「……パンダ?」

 御影は何故パンダなのか疑問に思ったが、どこかの出版社が確かパンダのマークを使っていた気がする。そのことなのだろうか。だが明は疑問に思った風もなく、ふんふんと話を聞いていた。
「そしたらね、はろうぃんは天使とか悪魔の格好をすればいいよって。……みかげくんとあきちゃんみたいなおようふくを着ればいいの?」
 楓がついと指差した二人の服装は、要するにコックコートだ。明は白いもの、御影はチョコレートを扱うので、汚れが目立たないよう黒基調のものを着ている。


 ……これを着るのは……仮装にしても違う気がする。


「楓、これは天使や悪魔の服ではなくて、ケーキを作る人の服なんだ。天使や悪魔の服なら……そうだな……」

 立ち上がった明がカウンターに置かれたメモ用紙をひょい、と取り、ペンでさらさらと絵を描いていく。絵本のように簡潔だが、天使の女の子と悪魔の女の子のイラストだった。
「こんな感じで、白とか、黒のワンピースを着ればいい。この季節なら、仮装用の羽根が大きな雑貨屋で売っているから、それを背負えばそれらしくなるだろう?」
「こういうおようふく、売ってるの見た!かぼちゃの提灯と一緒だった」
「そうそう、かぼちゃの提灯があるところによく一緒に売ってるんだよ」
 提灯とは古風な、と思ったが、楓の実態を考えて御影はそこをスルーした。おそらく緑色の手のマークの大型雑貨店で見たのだろう。あそこなら羽根も服もあるはずだ。
「おばあちゃんに服を作ってもらうなら、また本屋に行って、レイジに子供用の服の本を探してもらえばいい。もしかしたら、こういう仮装の本もあるかもしれないな」
「わかった!」
 メモを受け取り、あきちゃん、みかげくん、ありがと!と言って踵を返した楓は、2歩ほど駆けたところで忽然と消えた。

「般若、やめたんだね」
「誰かに言われたのかもな。もしかしたら、レイジかもしれん。あいつは気を遣うということをしないから、ズバズバ言ったんだろう」

 般若の仮装が無くなったのならありがたいが、福の神相手にズバズバ言う書店員とは怖ろしい生き物だ。

「なにそのひと怖い。ナニモノ?」
「ほぼ、神の域にいる妖怪だ。楓の同類だな。東京の顔役だから、敵に回すなよ」

 さて、と言って明が肩を回した。もうすぐ正午になる。平日とはいえ、客足もぽつぽつ出てくるだろう。夕方に渡す予約のケーキも作らなくてはならない。
「今日の昼はキッシュだ。昨日の売れ残りのチーズケーキもあるから、高カロリーだぞ」
「よーし、いっぱい働いて燃焼するぞー」
「その意気だ」
 御影の背中を軽く叩いて、明は厨房に戻っていった。


 ハロウィンふたたび、そして座敷童ふたたび。かぼちゃのタルトたべたいなあ。
 名前しか出ていないキャラばかりだということに今気付きました。お店に引きこもってるから仕方ない。(鯖)