どこの店でも、ケーキ屋というものはモンブランしか買わない常連を持っている。
 明に熱く語られて、そういうものかと思った。


 ……マロンパイ(ホール)・秋限定・12cm……


「でもでも、モンブランが好き!って人だけじゃなくて、ショートケーキが一番好き!って人とか、チョコケーキって人だっているじゃん?」
「結局はショートケーキが一番、という人は多いが、そういう人は色々食べた末にショートケーキに帰ることが多い。チョコレートケーキはチョコレートという縛りだけで種類は多い。うちだって何種類もあるだろう。だがモンブランは大抵、どこの店でも一種類しかない。そしてモンブラン好きはブレない。本当にほぼモンブランしか食べないんだ」
「チーズケーキは?」
「レア派とベイクド派があるんだ。モンブランもクリームがああだこうだと好みは分かれるだろうが、モンブランには変わりない。何よりチーズケーキを数種類置いている店は多くないだろうが、モンブランは基本一種類だから、どこの店にも大抵、ある。確実に買えるケーキなんだ」
「そ、そおなの…」

 明はケーキを語り出すと意外に、熱い。天使がなんでこんなに人間の嗜好品に熱くなるのやら、とは思うが、空の上には無い物だからかもしれない。

「うちの常連さんにはモンブランの人って…いたっけ」
「おまえな……白峰だ。白峰はいつもモンブランだぞ」
「え、シロちゃんってそうだっけ」

 白峰は近所の惣菜屋を経営する、御影の同郷だ。御影は悪魔であるからして、白峰も当然、悪魔だ。白峰はアンブロシアでケーキを買いついでに惣菜を差し入れてくれる。逆に、惣菜を買いに行く時にケーキを持っていくこともある。そんなとき、箱には必ずモンブランが入っている。

 さて、なぜ突然モンブランについて熱く議論をするはめになったのかというと、

「だから、マロンパイのアントルメは需要があるはずだ」
「特大モンブランはモンブラン好きの夢、と」
「そうだ」
 夕飯後の食卓の上に乗っているのは新作のアイデアスケッチだ。数ある候補の中で御影が真っ先にダメ出しをしたマロンパイ――その実態は特大モンブラン、は、明にとって今回の最有力候補だったらしい。

「ううう……そんなニッチな需要を狙わなくてもいいじゃない……」

 あまりに無茶苦茶にぶっ飛んだプレゼンに、思わず頭を抱えた。その頭に軽い平手が飛んでくる。これ以上バカになりたくないのでほどほどにして欲しい。

「莫迦。誰が白峰ひとりをあてにしてると言った。サイズは4号、金額は1500円以下に抑えて、手土産需要をメインに狙う。手土産に季節感のあるものを持っていくと、それだけで喜ばれるからな」
「奥様たちの午後のお茶か!」
「モンブラン好きはあくまで隠れターゲットだ。決まりだな。マロンクリームはモンブランよりもクレーム・シャンティの比率を増やして軽い味にする。土台はパイの上にビスキュイを流して…」

 明は商売に関してはかなり厳しい。今回も、思いつきではなくきちんと試算があっての提案だったらしい。

 ……それでもだいぶ、賭けな気がするけどなぁ……
 溜息をつきながらアイデアスケッチを眺める。直径12cmあまりのマロンパイには、モンブラン定番のあの形のクリームが絞られているが、御影はこれが苦手だ。何回やっても、茹ですぎたパスタが重たそうに絡まっているようにしか見えない。

「説明は以上だ。明日、試作する。モンブランの絞りを練習するように」
「ああああああ……はい……」

 御影ががっくりと落としたその肩を、明がぽん、と叩いた。


 なんか今見たら短いような……
 一年ぶりの天使と悪魔は、モンブラン談義。モンブラン好きな人って、語るとなんか熱いですよね。
 鯖は栗は好きですが、モンブランはそうでもないです。栗分が足りない。焼き栗でいい。(鯖)