ショーケースの中で笑うカボチャを見て、御影もなんとなく笑ってしまった。


  ……ポティロン(10月限定)……


 東京都内、某駅から歩いて10分少々。住宅街から遠くなく、ケーキ屋と、パン屋と、洋風惣菜。カフェに本屋もある。休日の正午でもなんとなく穏やかな一画の、ケーキ屋が「アンブロシア」だ。実際は焼き菓子などもあるから、「洋菓子店」が正しいのかもしれないが、近所では「明さんのケーキ屋さん」などと呼ばれているのでまあいいだろう。

 店はオーナーパティシエの明とショコラティエの御影の二人で営んでいる。駅から距離のある場所柄、繁忙期以外は接客も二人で事足りる小さな店だ。
 童顔で人なつっこい御影に対して、西洋の血の入った彫りの深い顔立ちに長身の明は正直、強面で無愛想だ。とても可愛いケーキを作るのに、その際本人はむっつりと無表情のままでいる。
 そんな明の新作は、ショーケースの中で笑うカボチャだ。ババロアの周りに、黄色いカボチャ入りクリームを絞り出して、カボチャの形に整えてある。今日だけ限定で、御影が作ったチョコレートプレートの顔がついていて、朝から既に数個売れている。


 焼き菓子の置かれた小さな棚にも、オレンジのリボンのついた袋がいくつか並んでいる。某大型雑貨店で御影が買ってきたプラスチック製のカボチャがディスプレイされて、どうしてもハロウィン気分は最高潮だ。ガラス越しに見える歩道を、簡単な仮装をした子供たちが歩いていく。

――これから、ハロウィンパーティかな?

『あ、御影くんだ、いってきまーす!』
 集団の中のひとりが御影の視線に気が付き、手を降る。あの子はいつもチーズケーキを買う奥さんの所の子だ。御影が手を振り返すと、楽しそうに走り去っていった。


「おかしちょうだい」
 いきなり下から掛かった声に驚いて、御影はショーケースから身を乗り出した。いつ入ってきたのか、少女がショーケースに張り付いていた。だが、その姿が異常だ。
 まるで幽霊のような白い着物に、般若の面を着けている。小さな手がぺたぺたショーケースを叩くのがまた却って怖ろしい。

「なにこれ、新手の強盗?」
「おかし、ちょうだい!」
「おかしって言われてもさぁ、大体いつ入ってきたの…」

 店の入り口は御影の正面だ。御影はそこのガラス越しに手を振っていたのだから、気付かないはずはない。この怖ろしいなりでは尚更だ。
「どうした、何を騒いでる」
「あ、明」
 明が無表情のまま事務所から出てくる。彼は御影と交代で昼食を食べてきたところだ。御影がショーケースの前の少女を指差すと、彼も一瞬固まったのちに、少女に声を掛けた。

「合い言葉を言わなきゃ駄目だって、おばあちゃんに言われてこなかったか?」
「あいことば…」
 考え込んだ少女に、明は優しく語りかける。ひと睨みで子供が泣き出す強面だが、明自身は子供は嫌いではないらしい。
「そう、合い言葉だ」

 少女はぱっと顔を上げ(般若の面に覆われているが)、可愛らしい声で叫んだ。
「とりっくおあとりーと!!」
「よし、良い子だ」
 ショーケースの上に鎮座しているカボチャの容れ物からクッキーの袋を取り出して、明は少女に差し出した。般若の面で表情はわからないが、なんとなく、嬉しそうだ。
 よかったね、と言うとこくこくと頷いている。可愛いのだが、般若だ。

 少女はクッキーの袋をいそいそと懐にしまうと、今度は赤いがま口の財布を取り出し、ショーケースの中を指差した。
「かぼちゃのパイをちょうだい」
「今日はリンゴじゃなくていいのか?」
「今日はかぼちゃにするんだって」
「そうか」
 会話をしながら、明はてきぱきとパイを箱に詰め、会計して少女に手渡す。
「転ぶんじゃないぞ」
「へーき!」
 言うが早いか少女は踵を返してドアに突進し、そのまま、消えた。

「……あぁ!今の楓ちゃんか!」
「気付いてなかったのか」
 楓はこの店の常連の一人である老婦人宅の居候だ。いつもアップルパイを買いに来る老婦人にくっついて、物珍しそうに洋菓子を眺めている。
「わっかんないよ、だって般若だよ?あんなおっかない格好」
「楓には言うなよ、座敷童は敵に回すと怖い。数百年生きてる座敷童とあのおばあさんの二人じゃ、オバケの格好なんて他に知らなかったんだろう」
「あああぁ……」
 一人暮らしの老婦人が某大型雑貨店に行くわけもなく、ハロウィンについて知識が乏しかったであろうことは想像に難くない。彼女たちにしてみたら、オバケの格好といわれたら白装束の幽霊か、鬼だ。そこまで思い至って御影は脱力した。

 また数人、子ども達が外を走り抜けていく。小さな悪魔の角、魔女の帽子、天使もいる。明が外を指し、お前は行かないのか、と言った。


「ハロウィンには本物が混じるものだろう、ジェット?」
「薄明こそ行かないの?今、天使の格好の子もいたよ?」
「ああいうのに混ざるのは子供くらいだ」
 言い合う二人の背後に、照明が薄い影を落とす。コウモリの翼のような形に、大きな鳥の翼の形が、それぞれのシルエットに重なっていた。


 天使の食べ物のように真っ白でなめらかなクリームの乗った、ショートケーキが評判の店。悪魔のように誘惑するとろける甘いチョコレートも定番だ。
 そんなアンブロシアの前を、またひと集団、ちいさな悪魔たちが走っていった。


 天使のパティシエと悪魔のショコラティエのお話。明、御影、という名前は偽名ですね。
 季節毎のケーキやお菓子を題材にやっていくつもりで、一年以上放置したというげっふん。(鯖)