ポラリス(2011/11/06)

 五年前。

 夜空は晴れていて、撒き散らされたような星が見える。
 空は、こんな風だったか。
 そんなことを思いながら、フォルトは限りなく黒に近い空を見上げていた。
 いつも頬杖を付いていた左腕は失くしてしまった。ショットガンで吹っ飛ばされ、一度気絶しながらも目が覚めたことだけでも奇跡。その上、どうにか命長らえた。
 何の意思で生かされているのか。
 やっと突き止めた場所が炎で灰になった後もまだ、探し続けろと言う天啓か。
 慣れない右手で窓枠に頬杖を付き、窓辺に座ってガラス越しに見上げる星空。
 星のことはよく解らない。
 読み書きに不自由しない程度の学はあるが、他に知っていることと言ったら、人を殺す術とその道具についての知識だけ。
 そもそも、上を見ることすらしてこなかった。
 目線より上に、興味がなかった。
 太陽は目を痛めるし、月や星は目印にはなっても面白くも何ともない。
「……」
 腕を失くさなかったら、こんな風に夜の空を見ることもなかっただろう。
 初めてじっくりと眺めた物は、暗いはずなのに不思議と明るさがあって、瞬く星に諭されるような、不思議な光景だった。
 今はまだ体力が戻りきっていない為、仕事は受けていない。
 一年近くに及ぶ長期休暇になってしまった。
 仕事に戻れば、また、下を向いて生きる毎日になるのだろう。
「戻れれば、の話だ」
 何となく、独り言が出た。
 右腕だけで、果たしてどれだけ仕事をこなせるだろう。今までと同じに行かないことは間違いない。ただでさえ死と隣り合わせで生きてきたものが、次からは死に寄り添って生きることになる。
 仕事のスタイルも変えなければならない。
「……面倒だな」
 嘆息しながら、頬杖を付き直す。
 腕一つ分軽くなった身体。胴から離れていった物は置いてきた。きっと今頃消し炭になっている。
 未練はない。
 不便なだけだ。
 突き詰めれば、生き続ける目的も目標も、道標もない。
「……ふう」
 一度目を閉じ、再び窓の向こうを見れば、一際自己主張の強い星が見えた。
 先程から異様に光っているのはそれか。
 確か、
「昔、鬼畜が教えてくれたような……」
 なんだったか。
 まだ幼い頃。肩車が尋常ではない高さで、その状態で教えられたことなので良く覚えていない。
 暫く考えたが、終ぞその名詞は出て来なかった。
 恐らく、思い出したところでどうと言うことはないのだろう。だから思い出せないのだと決めつける。
「もう終いだ」
 鬼畜のことまで思い出してしまった夜空に、最早用はない。
 一際明るいその星に見られているような気がして、窓から離れると同時にカーテンを閉めた。
 部屋の中が、もう一つの闇に変わった。
 そこに、あの星は見えない。 


 D.G.より、お題「ポラリス」(タカツキ)