あしあと(2011/11/03)

 テーブルの上には札束の山と、残弾のろくにない銃が数丁投げ置かれている。
 遊びから帰ったところだ。
 今日は大漁だった。
 大した苦もなく結果を得、三人でもつれるように帰宅した。
 シキ、コウの順にシャワーを浴び、今はシュウが浴室にいる。
 先に風呂から出た二人は、テーブルに放った荷物を押しのけ、帰りがけに買ってきた酒とつまみを開けていた。
 まだそれほど飲んでいないにもかかわらず早くも酔いが回り始め、シキはソファに凭れ、少し目を閉じた。
 楽しい。誰かと共に何かが出来ることが、途轍もなく楽しい。得るものが綺麗な金でなくとも、そこに他人の死が付きまとおうとも、独善的な愉悦と知って尚、心は穏やかでそして躍っている。
「ふー」
 顔が火照ってきた。
 このままではシュウが戻ってくる前に出来上がってしまう。
 熱い。
 瘴気で得るのとは違う熱だ。苦しくはない。
 そして、耳元で心音が聞こえる。
 生きている音が。
「……」
 不意に影が降りた。
 刹那的な生き方は嫌いではない。そういう生き方しかできなかったのかもしれないが、結果的に悪くないと思っている。
 しかし、偶に、ごく偶に、「でも」という言葉を続けてしまう。
「なあ。コウ」
「にゃー?」
 コウも大分酔ってきている。そうと解っても、シキは話を続けた。
「こうやって、生きててさ」
「うんうん」
「何か、残せるかな……」
「んー?」
 壊すばかりで、何も作れない。
 生の意味も解らない。
 呼吸を続けることで、一体何が出来るのだろう。
「逆に一つ、訊いていいか?」
 とろりとした視線がこちらを向いた。
「おまえ、何か残したいわけ? 生きた証とか、生まれた意味とか、そういうのをさ」
「え……」
「確かにさ、おまえの体質だと気軽に女も抱けないし、ガキだって作れないし。芸術家でもなければ、偉業を成し遂げるってのも無さそうだし」
 淀みなく羅列されてしまうと、返す言葉がない。
 くだらないことを訊いた気がして、シキはつまみに手を伸ばした。


 いじけたように咀嚼しているシキを見ながら、
 ――こいつはどうしたもんかな。
 呆れて良いのか、哀れんでやるべきか。
 言葉を切ったコウは、グラスを取り中身を呷る。
 そして、もう一度シキに向き直った。
「いいじゃん。なーんも無くたって。どうせ何残したって、いつか壊れる。いつか消える。いつか忘れられる」
 つまみに箸を延ばしながらも言葉を続けた。
「まあさ、おまえからしてみれば、何もしてねぇかもしれねぇけどさ、残してきてるものはちゃんとあるから。安心しろって」
「なに。俺、何残した?」
「教えてやらね」
 後ろを向くことは嫌いだ。
 けれど、背後には間違いなく残っているもの。
 誰にも見えないけれども、確かにそこにある。
 シキがこの答えで納得するかどうかなど知ったことではない。
 これは、コウ自身の答えだ。
 だから自分は何かを作ろうとは思わない。シキのような欲求も恐れもない。
 何の証明もなくても、生きてきたことには違いないのだ。
「はー。気持ちよかったー。……ん? 何か深刻な話?」
 空気をぶち破る男が戻ってきた。
 湯の良い匂いを連れて。   


 D.G.より、お題「あしあと」(タカツキ)