群青(D.G.)

 夕方。
 またシキが居ない。
 家中何処を探しても見あたらず、かといって表へ出た形跡もない。
 一通り探して探し当てられなかったシュウは、外へ探しに行く前に在る場所を目指した。
 屋上。
 一度同じ事があり、その時は街を一周することとなった。結局街中では見つからず、実は屋上にいただけという結末。それを思い出した。
 二階の窓から足をかけ、屋上へとよじ登る。
 果たして、シキはそこにいた。
 やはりいつかのように上着も掛けず、シャツ一枚でこちらに背を向け、膝を抱えて座っていた。
 時刻は夕方。
 陽も傾き、風も冷たくなってきている。
 また悪い夢でも見たか。悲観が頭をもたげてきたのか。
「シキ」
 声を掛けたが振り向かない。
「シーキ」
 返ってくるのは無言。
眠っているのかも知れない。
 隣まで歩き、顔を覗き込むとそうではなかった。
 瞼は開け、鳶色の瞳は遠くを見ている。目線の先を追っても、そこが何処かは判らなかった。
 きっと何処でもない。遠くの、他の誰にも見えない処を見ている。
 向こう側は夕焼け。紅い色は苦手だろうに。
「風邪引くぞ」
 隣に腰を降ろすと、声もなく驚いた表情で振り返った。
「居るなら声掛けろよ」
「二度呼んだ」
「……そうかよ」
 言い捨てると、シキは夕陽には向き直らずに腕の中に顔を埋めた。
 ――まったく。
 浮き沈みの激しい感情に付き合うのは、時に体力が要る。しかも、少しも頼ってこない人間は、顔を上げさせるだけで一苦労だ。
 何に凹んでいるのかはさておき、ひとまず部屋に引きずり戻さないと。
「部屋、帰ろうぜ。夕陽は嫌いだろ?」
「放っておいてくれよ」
「じゃあ、何で落ち込んでるのか教えてくれたら引き下がる」


 面倒臭い男に掴まった。
 大雑把そうで変なところで理屈っぽい。
 シュウが言うように夕陽は好きではない。
 でも、
「……れたから」
「なに?」
「見られたから」
「何を?」
「空。晴れた空。ここ数日曇ってただろ? だから……」
 突然、頭を触られた。
 これは、……撫でられた、と言うのだろうか。
「よしよし」
 これは、
「莫迦にすんな!」
 晴れた空ではまともに動けもしない癖に、晴れた空が嬉しくて涼しくなってから表に出た。子供じみていることは解るが、それを一々言われる筋合いはない。
「もういい。戻る」
 空から朱色は退き始め、やがて夜に染められる。
 夜。
 それが、自分たち日陰者が生きる時間。
「シキ」
 歩き出したところを呼び止められた。
 すぐに言葉が続いて来なかったので、仕方なく振り返る。
 すると、シュウが笑っていた。
「よかったな」
 そう言って、青い、空の瞳を見せて。
「……」
 追いやられた朱色がその瞳に僅かに差し、しかし光には僅かに背を向けているので影も降り。
 いつもの空の色が、今日は暗く、まるで夜の色のようで。
「どうした?」
「……なんでもない」
 シキは踵を返し、シュウを置いて部屋を降りた。
 身体は冷えきって、室温でさえ温く感じる。気温差に身震いが起きる。
 階下に降りる前に、一度表を見やった。
 階一つ分遠退いた空。
 その空は、シュウの瞳に見た色に染められていた。 


 D.G.より、お題「群青」(タカツキ)